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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)16737号 判決 1987年8月28日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 石井文雄

同 阿部能章

被告 有賀幹人

<ほか一名>

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは、各自原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する被告有賀幹人は昭和六二年四月四日から、被告貫名一郎は昭和六二年一月二七日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

第一項につき仮執行宣言

二  被告貫名一郎

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年一二月末ころ、訴外乙山松夫(以下「乙山」という。)から、同人の娘乙山春子(以下「春子」という。)を実践女子大学、共立女子大学又は跡見女子大学のいずれかに入学させるについて便宜を図るべく運動することを依頼され、その後間もなく、被告貫名一郎(以下「被告貫名」という。)に対し、右の趣旨を伝えて相談した結果、昭和六一年一月九日、原告と被告貫名との間で、「実践女子大学の理事に乙山を引き合わせる」「共立女子大学付属高校の竹本校長に便宜を図るよう依頼し、乙山を同校長に引き合わせる」「跡見女子大学についても春子を入学させるため運動する」ことを同被告が約し、運動費として四〇〇万円、その他の経費として一〇〇万円を原告が支払うこと及び右四〇〇万円は被告貫名が大学関係者との交渉に失敗したときは原告に返還することを合意した。

2  原告は、同年一月二四日、被告貫名に対し、乙山から預託を受けた五〇〇万円のうちから四〇〇万円を運動費として交付した。

更に、原告は、被告貫名に対し、諸経費として、同月二二日二〇万円ないし三〇万円を交付したのをはじめとして、同年二月末ころまでに合計一〇〇万円を交付した。

3  しかし、被告貫名の前記約定は、被告有賀幹人(以下「被告有賀」という。)と共謀のうえ、原告から金員を騙取するために仕組んだ出鱈目な話であり、被告有賀及び同貫名においては、前記大学関係者に対して一切縁故等の関係がなく、春子の大学入学について便宜を図る能力も意思もなかったものであり、原告をして春子を前記各大学のいずれかに入学させられる蓋然性が高いものと誤信させて、右合意をさせ、五〇〇万円の支払をさせたものである。

よって、原告は、被告両名に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自五〇〇万円及びこれに対する被告有賀は昭和六二年四月四日から、被告貫名は同年一月二七日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告貫名の認否

1  請求原因1の事実のうち、交渉に失敗したときは四〇〇万円を返還する約定であったことは否認し、その余は認める。

四〇〇万円は経費との約定であった。

2  同2の事実のうち、四〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

第三被告有賀の応訴状況

被告有賀は適式な呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。

第四証拠《省略》

理由

一  一般に門戸を開いた競争試験による大学入学について、入学希望者に有利な取計らいを得るため、大学関係者に金品を提供して便宜を図るよう依頼する行為は、醜悪で、社会の秩序及び善良な風俗を害するものであって、右金品提供行為は、入学が不成功に終った場合にその返還を要するものであると否とを問わず、民法七〇八条の不法原因給付となるものというべきであるが、入学希望者の父兄から不正入学運動の斡旋を依頼されて、大学関係者に縁故を有すると称する者に右斡旋方を転嘱し、金品を提供する行為も、それによって転嘱者が利益を得る目的を有すると否とを問わず、同様に、社会の秩序及び善良な風俗を害するものであって、不法原因給付となるものというべきである。

ただ、不法原因給付においても、給付者と受益者の不法性を比較衡量し、受益者のそれが給付者のそれに比して著しく大きく、給付者の返還請求を否定することが受益者をいわれなく利得させ、正義衡平の観念に反する場合には、民法七〇八条但書により、給付した物の返還請求をすることができる。

原告の本訴請求は、給付した金員の返還請求ではなく、受託者が詐欺により不正入学斡旋の運動費等の名目で金員を騙取したとして、給付により被った損害の賠償を請求するものであるが、給付者の委託行為が右の如く公序良俗に反する性質を有する以上、その損害賠償請求を許すことは法の精神に反するものであるから、受託者に存する不法性が給付者のそれより著しく大きく、民法七〇八条但書に該当するとされる前記のような場合でない限り、不当利得返還請求の場合と同様に、許されないものというべきである。

二  被告有賀に対する請求について

被告有賀は、適式な呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないので、原告主張の請求原因事実をすべて自白したものとみなされるが、右請求原因事実によれば、原告は大学への不正入学斡旋を依頼して被告貫名に五〇〇万円を交付したが、右は被告両名の共謀による騙取にあったものであるというのである。

しかしながら、当事者間に争いがない右請求原因事実によっては、単に被告有賀が被告貫名と共謀して本件金員を騙取したというだけで、それだけでは、本件における被告らの不法性が原告のそれに比して著しく大きく、不法の原因が被告の側のみに存するのと同視できるような事実関係にあるとは評価できないところである。

したがって、原告の被告有賀に対する本訴請求は、許すことができないというべきである。

三  被告貫名に対する請求について

被告貫名に対する請求についても、右二に述べたのと同じ理由で、原告の主張自体に照らしてこれを許すことができないものというべきであるが、一応不法性の比較を中心として事実関係を検討してみると、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和六〇年七月ころ、受験指導を業とする株式会社進学研究会の職員である被告貫名と知り合い、同被告から、同人が教育関係者に知人が多いので進学に関して縁故が必要なときはいつでも相談に応ずるといわれていた。

2  昭和六〇年一二月末ころ、原告は、人を介して乙山からその娘春子の大学入学について特別な便宜を得るための縁故紹介を依頼され、被告貫名に打診したところ、可能であるとの返事を得て、翌六一年一月九日、被告貫名に入学希望の大学が実践女子大学、共立女子大学及び跡見女子大学のいずれかであることを伝え、被告貫名は原告に、乙山を実践女子学園の理事に紹介する、共立女子大学については付属高校長竹本某に同被告自身が依頼する、跡見女子大学については知合いがいるので運動はできるだろうと述べ、運動費として四〇〇万円、家庭教師代を含めた諸経費として一〇〇万円が必要であると述べ、原告はその支払を約した(以上の2の事実はおおむね当事者間に争いがない。)。

3  被告貫名は、知人丙川竹夫の紹介のもとに、同年一月二〇日ころ、被告有賀と会い、春子の大学入学に便宜を図ることができるかを打診したところ、被告有賀は共立女子大学には被告有賀と縁故のある鳩山事務所が使えると述べ、三〇〇万円くらい必要であると述べた。

4  被告貫名は、同年一月二四日、原告から運動費として四〇〇万円を受領し、その中から、同月二七日、被告有賀に対し三〇〇万円を交付した。

5  被告貫名は、被告有賀に右の如く斡旋を依頼して金員を交付したほかは、春子が希望大学へ入学するのに役立つべき何らの斡旋行為をしなかった。

また、被告有賀も、鳩山事務所に入学斡旋を依頼せず、春子の入学希望のどの大学についても何らの入学斡旋行為をしなかった。

6  被告貫名は、同年一月から二月末ころにかけて、原告から数回にわたり、諸経費の名目で数十万円を受領した。

右のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右に認定した事実によれば、被告貫名は格別春子の希望大学への入学について役に立つ手段を有したわけではなかったことが推認できるから、詐欺により金員を騙取する不法行為をしたものということができるが、同被告は、原告から依頼を受ける前に本件のきっかけとなる大学入学斡旋の誘引をしているとはいえ、本件は原告から被告貫名への依頼により生じている点で、不法の原因が被告貫名側のみに存するのと同視できる場合には当たらないものというべきであり、原告の被告貫名に対する本訴請求もこれを許すことはできないものといわなければならない。

四  よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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